2012/03/27

『その男パサーにつき』

パサー。。。それはパスを出す人のことです。

僕は昔、パスにハマってた時期がありました。
シュートを決めることよりも、どれだけ美しいラインを描いたパスが出せるかが重要でした。

しかし、いつぞやから点を取ることに重きを置かなければいけなくなり、今に至っております。


前にも言いましたが、シュートはバリエーションが多いと楽しくなります。
そのバリエーションというのは、相手ゴールに対しての自転車の向きやその時のボールの位置、そして想像力で決まります。


まぁ、そんなたいそうなことを言っているようにも聞こえますが、ようは打ち方のヒットポイントが多けりゃいいわけです。

自分を中心にして360度どこからでも打てるのが理想ですが、死角や関節の限界があり、全てというわけにはいきません。

前にも言いましたが、ボールを自分の打ちやすいところに持っていったり、体を動かしたりするのには時間が必要になってきます。
だから相手が体勢を立て直す前に打ってしまおうというわけです。


そして、マンボはこの打ち方指定のパスを出してくるんです。


「キミはこのパスをダイレクトで打てるかな」的な挑戦的なパスです。
だからといって決して早すぎず遅すぎず打ちやすいパスが出てきます。

「そのパスなら、この打ち方やろ」とこちらもシュートをします。

それが分かりづらければわかりづらいほど、決めたときの快感はハンパありません。


「あいつならここ出すんちゃうか」と思ってそれに合わせてゴール裏を回っていけば、そのタイミングでちゃんとパスが出てくる。


そこに、トラップやキープの選択肢はなく、ダイレクトでのシュート指定のパスです。


そういう感じ合うパスに日頃飢えてる僕としては、マンボからのパスが一番の癒しになったりするときがあります。
ポロ冥利に尽きるとはこのことです。
「大阪の連中はいつもこんなパスをもろてんのかいな」と少し嫉妬しながらも、いつもみなポロで感慨にふけりながらポロをします。


彼のパスは攻めるパスだと感じるときがあります。
特にゴール前は、サッカーのセンタリングみたいに彼のパスの先にはシュートが見えます。
パスをもらっても一人かわさないといけない、とか方向を変えないといけないとかではなく、ただマレットをヒットで当てて角度を変えるくらいでゴールになるようなそんなシンプルでスマートなパスが来るんです。


最近、東京ではダイレクトでシュートを打つ回数が全体的に減ってきた感があります。
ダイレクトシュート反面教師的プレイヤーのクロウ君を見習ってみんな慎重に事を進めるようになっているからかもしれません。


しかし、ダイレクトやトラップ直後で打った時がいい場合があるのも事実。
問題はそこを判断してしているかということです。
コースがないから今はシュートを打たない、ダイレクトで打てばシュートコースにはゴーリーしかいないから、真ん中狙えば確立高し。
などの判断ができるかです。

ダイレクトシュートといっても振り抜くだけがシュートではなく、バントみたいに当てるのでもコースがしっかりしていればちゃんと入ります。

そういえば、外国人とポロをしたときも、こんな挑戦的で攻撃の1つと感じるパスをもらってました。
試されているような、自分の可能性を広げてくれる、そんなパスでした。


嗚呼、もっとうまくなりたい。。。

2012/03/24

八咫烏(ヤタガラス)

先日の20日、マンボが大阪からポロをしに鵠沼に来てくれました。


今年の8月にスイスのジュネーヴで開催されるバイクポロの世界選手権に向けて、チーム練習です。
まだ、確定ではありませんが、このチームの可能性もあるということで、とりあえず練習を一緒にするのが目的でした。


去年のシアトルでの世界選手権の翌週、アフターイベントがカナダのバンクーバーで開催されました。
その時に組んだチームが『ヤタガラス』というチームで、僕とトミーとマンボでした。

国内の大会では、一度も組んだことがなく、むしろみんな別々のチームだったので、逆にリラックスしてできたように思います。


昨日の敵は今日の友。


一致団結し、日本人としてアイデンティティを外国人にぶつけてやりました。


その時わかったのは外国人の「どこぞのアジアの国か知らんが、バイクポロ発展途上国だろ?」みたいな感じで、僕らをナメているということ。
僕らは世界戦も経験していましたし(マンボはバンクーバーから合流)、どんな相手だろうと気を引き締めていました。


そんな、極東の島国のポロチームに得点されたりすると、イライラは必至だったのでしょう。

メスマンはキレる、シェリーちゃんはレフェリーに抗議する、バタバタしながら勝ち進んでいきました。
驚いたのは、シアトルの連中が僕らを応援してくれていたということ。
メスマンもシェリーのチームもシアトルなのにです。

そして、デザインも彼らに響いたのか、チームTシャツの交換をみんな迫ってきます。
マンボが作ってくれたヤタガラスTシャツは3枚あったのですが、すべて交換とあいなりました。



そんな中で迎えたガーディアンズ戦。
彼らもまた僕らをナメ切っています。
それもそのはず、彼らは2011世界選手権3位になったチームです。
その時バンクーバーにいたほとんどのチームが彼らの下に位置するのです。

緊張とやってやるぞっていう気持ちが入り交じり、言葉で説明しがたい境地に入っていました。

案の定、攻められ続けました。
彼らは、プレスをかけているトミーやマンボの一瞬の隙をつき、シュートを打ってきます。
それがホントに一瞬なものですから、技術の高さにビビリまくっていました。
それでもチャンスはやってくるもので、ゴーリーをしていた僕に速攻のチャンスが舞い込みます。
数少ないチャンスをモノにできるかどうか自分との戦いでした。


「自分に勝たへんと点は取れへん。いつものシュートアルファやったらアカン。何かええもんはないんかオレ。。。」


一目散にゴールに向かう中で、自分の中の引き出しを探しましたが、いいのがありません。
目の前のゴールにセバスチャンが待ち構えています。


「ヤベぇ、もうゴールや。やっぱアルファか。。。」


そう思った直後、体が勝手に動いていました。
神懸かりな一瞬でした。

いつものアルファにひと手間加えて揺さぶりをかけていたんです。

2度目の速攻も同じような感じで決まりました。


しかし健闘むなしく、結果は3−2で負けました。
あと一歩でサドンデスに持ち込めたのに、なんとも悔しい一戦でした。
しかし、この一戦で得たものは計り知れません。
これがまた負けた試合なのにとても晴々していたんです。
こんな感覚初めてです。


それは、3人がもっとうまくなって、チームでも練習してあーだこーだ言って、やったら世界選手権でどうなるかわからないという希望がわいたからかもしれません。
もっと、上に行けるという感覚はなかなか得れるものではありませんが、なんだかこの時ばかりはそう思うのが必然であるかのごとく、それに酔いしれていました。

結局、マンボのことを書こうと思ったのに自分のことになってしまいました。
なので、次回はちゃんと彼のことを書こうと思います。

彼のパスについてです。

2012/03/23

成長の心得1

世の中にはいいわけのすこぶるうまい輩がいます。


一世を風靡した『あー言えばジョウユウ』的な人たちです。


ポロをするにあたり、いいわけをすると建設的な話ができません。
その時点で話は終わってしまうからです。

反論や違う考え方の提示などは、おおいに結構なことだと思います。
その人のプレイに対する考え方を知る上で重要になってきますし、コミュニケーションの1つだと思います。

ただ、それが自分へのいいわけだったり、相手への批判だったりすると、とても往生します。



人は、自分の心やプライドを守るために幾重にもプロテクトをかけています。
自我が崩壊することを恐れ、失敗を失敗でなくすために自分に暗示をかけます。
失点されたことを他人の責任にしたり、簡単に物のせいにしたり、ありとあらゆる言葉で免れようとします。

ちゃんと本質を見ていて、客観的に考えても妥当な判断であれば問題ないのですが、それが偏ったものになってしまうと、もう手が付けられません。
前回のお話でも書いたように成長するためには、自分のできないことを知らないといけないのですが、それにプロテクトがかかってしまい、「状況がよければできた」とか「今日は調子が悪い」など、おそらくとても自然にいいわけを考えているのではないかと思います。


傷つきたくない王子様やお姫様はもっぱらこの方法で心の守備力を上げています。


『失敗は成功のもと』とよく言いますが、それは失敗を失敗とちゃんと認めているからこそ、成功を導き出せるのだと思います。



僕は可能性の1つとして、人の失敗も自分のせいではないか、と自分を追い込んでみた時期があります。
とってもネガティヴな考え方ですが、自分の可能性を広げてくれました。
自分がパスを出しても相手が取れないのは出した場所やタイミングが悪かったとか、味方がパスを出さないのは自分の位置が悪いから出さないんじゃないか、とかいろいろ考えていました。

全ては自分の責任という戒めを課せると、見える世界が変わってきます。


そして、それを解決するために、何が必要になってくるのかという具合に発展していきます。


人にあーだこーだ言うのにはとってもエネルギーを使います。
聞く方も理解しようとエネルギーを使います。


おそらく、そのエネルギーは使えば使っただけ、自分の何かしらの肥やしになるのではないかと思っています。

今回はちょっと重い話ですみません。

2012/03/20

めんどくさいランキング

めんどくさいランキングとは、お酒を飲むとめんどくさくなってしまう方のランキングです。

先日、谷内夫妻と夕食を御一緒させていただきました。
丁度、ポロの帰りということで、話題はもっぱらポロ。

近々、アメリカでLadies Armyという女性だけのポロの大会に無謀にも参加するアツコ選手。

どうやら、チームのまとめ役としてとても不安に駆られているご様子でした。


しかし、無謀なのは多いに結構なことだと思います。


僕も、単身ヨーロッパにポロをしに行っています。
旅行期間も3ヶ月だったため、不安の連続でした。
海外のポロプレイヤーなんて誰も知りません。
Facebookをたどったり、ローカルの大会で知り合った奴の街にポロしに行ったり、たまに観光したり。

しかし、僕の人生にとって、とっても濃い3ヶ月間でした。

ここでちょっと学んだことは、不安とのつき合い方です。
解消できるレベルの不安なら、ささっと解決してオサラバです。
しかし、難題な不安の場合、ほとんど考えても結果は変わらないことの方がほとんどです。
だったら、別のことにシフトするか、ドンと構えて覚悟を決めるしかありません。

別にポロの試合で勝とうが負けようが、死にはしないのです。


あと、できうる限りの方法で不安の要因を消しにかかります。


僕の場合、ヨーロッパから帰国してから世界戦までの間、不安でたまりませんでした。

行く前と、帰ってからでは、見えるものが変わっていたからです。

僕がヨーロッパに行っている間、東京のポロメンツもポロをやってたはずなのにこれは何だ!と思いました。
3ヶ月という期間が長いか短いかは個人の感じ方だと思いますが、少なからずヨーロッパの目に慣れていたんだと思います。
まるで子供達がポロをしているような、とても未熟なポロに感じました。

そのような事があったものですから、意気揚々と世界の舞台に乗り込んでも何もできずに終わると核心していました。
そして、あろうことかヨーロッパのうまいプレイヤーの話をしても、あまり危機感も伝わらず、挙げ句の果てにはヨーロッパかぶれのレッテルを貼られてしまいました。


しかし、チームメイトには、きっちり話しとかないと後で後悔すると思ったので、自分が得てきた感覚を交えながら、勝つために今何をするかと言うのを順を追って説明をしました。
それが、去年のちょうど今くらいの時期だったと思います。

駒沢公園でのポロの帰りに、久保田という居酒屋で彼らにメモを取らせたのを今でも覚えています。
その時の内容は全て基礎的なことです。
別に特別なシュートを身につけろ、とかではなく、シャッフルだったりトラップだったり、弱点となりうるポイントと改善点を箇条書きにしました。

一年経った今、ようやくちょっと変わってきたかな、と思います。
未だに相変わらずのミスはよく見かけますが、それでも一年前に比べたら。。。
あの時、思い切って言って良かったと最近思います。


戦術ややりたいプレイがいくらあろうとも、基礎的な事ができなければ、それが実現しません。

問題はチームメイトがそれを知っているかどうかということ。

僕は、酒のチカラをかりてチームメイトに怒った事があります。


「君たちにパスを出しても敵に潰されて返ってこーへんし、シュート打ってもコースないのに打つし、もうパス出しません!」


この件により、僕のめんどくさいランキングは跳ね上がり、とうとう今では上位の方まできてしまっているのではないかと思います。


しかし、そのような状況の中でも勝たないといけないのは勝負事の定めです。
自分で点をもぎ取る方法も同時に練習しました。
ヨーロッパでのポロや陸上をしてたことでの一匹狼的な資質も影響したのでしょう、そんなに違和感なく練習できました。


成長への第一歩として、今自分に何ができて何ができないのかをはっきりしなければいけません。
これはどんな世界でも定石とされる方法でして、どれくらいできないかを自覚する必要があるのです。
それができれば、あとは昇るだけですので、それを克服するためにトレーニングや練習をどうしたらいいかという具合になります。



そして、日本の女子に欠けているものは各々違いますが、圧倒的に練習量だと思います。
肉体的や技術的に離れている男子諸君とポロをしていると、ゲーム中はどうしてもボールを触る時間が少なくなります。
それをどこかで補填しなければ、上達は望めません。

遺伝子や脳の構造上、男性優位や女性優位があるのは仕方ありません。
しかし、それでも他の競技みたいにハエヌキ的な存在のプレイヤーが出てくるはずなんです。
こうも出てこないってことは、思い込みや固定観念に捕われているってのが大きいと思います。

ヨーロッパで見た女性のポロプレイヤーは、妖艶さや可愛さを残しつつもやっているプレイは男顔負けの荒々しくパワフルなものでした。

コートの端で見ている者にもその気迫や集中力は伝わってきます。
ポロをしている最中は、男性とか女性とかそういったものは関係なく、人間としてポロをしている様がなんとも清々しく、とてもポロに対して真摯に向き合っていると思いました。


おそらく固定観念が植え付けられる前の子供たちも、性別関係なく物事に向き合います。
おそとで泥だらけになりながら遊ぶ様に同じものを見ることができるんじゃないでしょうか。
とても真剣に遊んでいます。


大人になるにつれて失ってしまった屈託のない向き合い方をどうか思い出してほしいです。
残念ながら、ポロで乙女を装ったところで誰も見向きもしません。
男性諸君が求めているものは、ポロのうまい女性なのですから。。。(一部男性を除く)

2012/03/17

憶測による脳の話。

言わずと知れた司令塔であります。


体への指示はここから発せられ、それにより体が動くこととなります。
たまに自律神経が出しゃばってきて情緒不安定になったりしますが、基本は脳が体を仕切っています。


体の機能は、脳のそれぞれの分野に別れてお世話になっており、そして、物事も別れてお世話になっています。

例えば、オセロをする時に使う脳の場所と将棋で使う脳の場所は違い、違う引き出しの中で管理されています。


なのでポロをするにあたり、ポロで使う脳を育てねばなりません。

感覚でプレイする人も、理詰めでポロをする人も、脳を育てる事からは逃げられません。


では、どのように脳を育てるのでしょうか。


それは、考えることを続けることです。


考えて悩む事が脳の神経細胞を成長させます。
頭の回転が速い人は、脳の神経細胞シナプスが縦横無尽に張り巡らされています。
脳の神経回路が色々な分野の情報をつなぎ、各分野に広く早くアクセスできます。
ゆえに頭の回転が早いとなるのです。


ポロにおいては、ポジショニングやその時の判断、想像力、右から抜くか左から抜くか、など、脳を使う場面というのはとても沢山あります。

そういうのを癖や習慣でごまかして、あまり考えずにやっていると、脳が成長しません。



例えば、いつもゴール前でどうするか困ってしまう、とか迷ってしまうなどは、典型であり、どのようにその状況を打開していくかを考えていないと言えるでしょう。

そのスピード、タイミング、角度、相手の位置、ボールのタッチする方向、いつもと同じようにやって相手を抜けないのなら、何かが足りないか、間違っているかです。


その原因を探して変えていくことが、ポロにおける考えるということなんだと思います。



また、早い展開を望むなら、脳の処理速度もあげないといけません。
それは、判断のスピードを上げるということです。
迷っているヒマはないに等しく、その状況における数ある選択肢の中から1つを選ばないといけません。
優柔不断な僕はとっても苦労しています。
手数が増えれば、敵も揺さぶれますが、自分も迷ってしまう。
何だか、本末転倒な気もします。。。


だから、判断を早くするために優先順位をつけました。


この話をすると長くなりそうなので次回にします。

2012/03/16

憶測による筋肉の話。

僕は中学生の頃、陸上部でした。
種目は長距離。

来る日も来る日も走り、血反吐を吐いていました。
おそらく、今のMっけはその時作られたものです。

持久系の筋肉はほぼ毎日使わないと衰えていってしまうという考えが横行し、試合後の月曜日は休養日となっていたのですが、40〜60分のユルめのjogが普通でした。
ユルめといっても60秒で200mのペースです。(5分で1kmということ)

皇居のにわかランナーでは、このペースだとかなりキツいと思います。


その甲斐あって、二年生の時、中学駅伝の全国大会に三重県代表で出場していました。

しかし、その頃は走る事にモチベーションや楽しみなどは全くなく、なんで俺走ってんのやろ?ってずっと思っていました。
生活指導も兼ねている、顧問の先生に陸上部を辞める事を言う勇気もなく、ただひたすらに練習に耐える日々。

ホント辛かったです。

しかし、1つ下の後輩の池上君はその後、箱根駅伝を走るまでになり、僕はその時アイツもMやな、と思いました。
というよりも、それなりの練習をしていたんだなと実感しました。



日本ポロ界で陸上経験者と言えば、ポジショニングがめっぽう弱いイメージがあります。
彼らは、体をとことんいじめ、鍛える事には長けていますが、プレイ中に考えようとしません。
今まで常に一匹狼だったことが、大きくのしかかります。

しかし、ポテンシャル的には大きなものを秘めていると思います。
特にフィールド競技や短距離系の競技者は瞬発系の筋肉をかなりいじめており、それが神が与えたもうた才能だったとしても、他の競技に流用できるものであると思います。
ただ、これは筋肉の質の問題であって、経験のない筋肉の動きに関してはゼロからのスタートとなります。

幾多のスポーツを経験しようとも、ポロをするのであればポロの筋肉を鍛えねばなりません。

やはり、ポロでは瞬発系の筋肉を多く使います。
しかし、途中で足がバテてスピードが出せなくなったりもします。
 
陸上競技に例えると、短距離寄りの中距離走的な感じに思えます。
持久力も瞬発力も両方必要になってきます。



そして、アウターとインナーの関係。
アウターは大きな力を出す時に使い、インナーは繊細な動きをする時に使われます。


これもポロには両方必要としますが、インナーを軽視する傾向にあり、それを意識しているものは周りから重宝されると思います。
僕の理想は、瞬発系のインナー系です。

早い動きをするけど、正確にさばけるマレット使いを追い求めています。
しかも、動きは柔らかくしなやか。


自分がどういう筋肉の質を兼ね備えているか、自分が理想とするプレイにはどんな筋肉が必要なのか、ちょっと考えてみるとプレイスタイルが変わるかもしれません。
もしくは、成長させようとする筋肉が変わるかもしれません。

大事なのは自分の体と会話することです。
トレーニングの全てはそこから始まります。

2012/03/06

欲ばりな方に贈る深夜の手紙。

世の中には、恋人が2人もいるけしからん奴が結構います。


ある夜、もっちゃんと二人で話しておりました。


「僕の統計によると、恋人がいる方が、隣の芝生が青く見えて、くっ付きやすいんです。」


僕は、なるほど!と思いましたが、同時に欲張りだなぁとも感じました。


ひと時でも魅かれた相手に向き合おうとは思わないのか、やっぱり人間は弱いです。

そんな人間が多いのが、この世の中なんだと思うと、人はやっぱり傲慢なのかもしれません。


その後、ポロをするモチベーションの話になりました。


「俺は、最初ポロがうまくなればモテると思って、そのためにがんばってん。そしたら、全然モテへんから、どうしたもんかなぁ、と思って、モチベーションの変更を迫られたんや。で、次は、若者に負けてたまるか、っていう課題を出したんや。俺もその頃、年上のほうやったから。それでもポロをしてるといろんな発見があって、それを見つけるのが楽しくなってん。世界はやっぱ広いでー。だから、もっちゃんもがんばろ。」

と、同年代のシングル同士励まし合い、大阪のコンパ事情をこっそり聞き出したりしていました。


「次、コンパあるとき大阪来るから!」



結局それか!もっちゃんもそう思っているでしょう。。。



ところ変わって、ポロのお話。


今、日本でポロがうまいヤツらは別にスペシャルじゃありません。

確かに、彼らは基礎的なモノの他に、何かを持っています。
自分の得意なプレーが武器になっていて、それがその人のプレイスタイルのようさえ感じます。

しかし、実は基礎的なことが周りの人よりある程度できるだけなんじゃないかなと思います。


トラップ、パス、周りを見る、ゴーリー、ドリブル、シュートetc...


基礎ができ始めると、ミスが明らかに減ります。
そうなると、自信もついてきます。

おそらく、そうなっただけで、プレイスタイルの印象はがらりと変わり、周りがうまくなったと感じ始めるでしょう。


うまいヤツは基礎ができるからこそうまい。


しかし、やっぱりスペシャルなプレイは蜜の味。
そんなプレイをできた日には爽快感抜群です。


うまいやつのプレイを盗め、という教え方があります。
それは、スペシャルなプレイを見ろということじゃありません。

全てを盗むということなんです。

うまいシュートを打つプレイヤーからは打ち方はもちろんのこと、そこまでのボールの運び、自転車とボールとの位置関係など、そこに至った過程が大切なんだと思います。


一見、隣の芝生が青く見えるのは仕方ありません。

自分に持っていないものをもっているわけですから。

しかし、その魅力的な青に隠れた部分が実は重要だったり、今の芝を大切にした方が良かったりするもんなんです。


欲ばりな方へ。。。

基礎は多分とっても重要です。
おそらく、終わりはないでしょう。


さぁ、今の時期、あなたはスペシャルなプレイと基礎、どっちをとりますか?

2012/03/03

③大阪と東京の練習場所による上達度合い。

大阪と東京というよりも、壁があるところでプレイしているか、壁がないところでプレイしているかの違いで、各種スキルに差がでてくるのではないかという推測です。


マンボがポロッと口にしていました。


「東京のヤツらはパスに追いつこうとするし、壁際で待たへんよね。俺らはあかんわー。壁あるから、それがとれへんくてもちょっと進んだらボールあるもん。」


なるほど、そういえばいつの頃かその違いは頭の片隅に追いやられていたように思います。

たしかに、東京ピーポーの練習場所には壁がありません。
昼間の駒沢公園なら2辺確保できますが、ゴール前の1辺は蛇腹みたくなっており、跳ね返りはボールが壁に当たるまでわかりません。



夜の駒沢公園に至っては、2辺が柵になっており、転がったボールはすんなり柵の向こう側に入ってしまいます。
何にせよ、壁がないところに転がって行ってしまうと、ゲームが途切れるという、最悪の事態になってしまい、いつの頃からか、ゲームを切らさないようにパスの出しても受けてもできるだけ頑張ってきました。


特に、震災以降、駒沢公園大階段のライトが消えて、柵のあるところでのポロを余儀なくされてからは、より濃くなってきました。
一旦、柵の中にボールが入ってしまうと、ゲームが切れるだけでなく、入れたヤツが柵を乗り越えてボールを取りに行かねばなりません。

女の子なんかは、それがめんどうらしく、たまに色気を使い、男子諸君にボールを取りに行かせています。
大人になるにつれ、そういった処世術的な黒いというか桃色というか、そんな技をおぼえていっています。
いやはや、早くプレイでも男連中を手玉にとってほしいものです。



話が脱線しましたが、兎に角、ボールを取りに行くのが嫌なら、意地でも柵の中に入れるな、ということです。
それに命をかけるかかけないかで、上達度合いは変わってくると思います。


自分がもっとスピードを出せたら、ボールは柵の中に入らなかったりとか、ブレーキングをギリギリまで粘るとか、自分の中の問題で解決できるものはしようとするのです。

逆にあきらかなパスミスは暗黙の了解で、パスの出してが取りに行くことになります。


これも、パスミスをしたんだ、という自分への戒めになり、パスミスが何とか味方に通り、結果オーライになるよりかは、いいことだと思います。




しかし、それをさっ引いても壁のあるコートですることは、スキルの順調な成長を促すと思わざるをえません。

東京と大阪、何が違うかってーと、シュート力が明らかに違います。
やはり、それだけばんばんシュートを練習の時から打っているからだと思います。
何の心配をするでもなく、心おきなく。

やはり、夜の駒公では、シュートは振りかぶることはしません。
思いっきり打って茂みに入った日には、避難ゴーゴー、時間もロス、何だか、テンションも維持するのが精一杯になります。

だから、強めのシュートでも心のどこかでリミットをおのおのかけている気がします。




学校の先生が言っていました。

「確かに、パーソナリティーを形成するにあたり、遺伝と同じくらい環境の影響は大きい。しかし、20歳を超えたら環境の責任にできない。」



東京と大阪、環境は違えど、毎度毎度、切磋琢磨という言葉が似合います。


30歳を超えて環境のせいにはしたくありません。

重いマレットと軽いマレット

やはり、地域が変わるとマレットへの考えも変わってきます。


大阪とみーのマレットをちょっと持たせてもらいました。

彼のマレットはとっても重く、ヘッドにフタもついています。
シャフトもアルミではなく鉄だそうです。

より強力なシュートを打つためなのでしょうが、どうにもこうにも重すぎます。
僕には扱えない、と直ぐさま感じました。



海外でプレイしたとき、彼と同等、またはそれ以上の強いシュートを打つ強者は沢山いました。

しかし彼らは、マレットの重さではなく、スイングのスピードで威力を高めているように感じました。

そして、『no power!』という言葉の意味。

日本人より遥かにパワーのあるプレイヤーの言葉です。



かたや、最近ちまたに出回っているmilkのマレット。

こちらは極軽です。


実際、どっちがいいかはわかりません。




各々のしたいプレーが分かれ目になると思いますが、何かを得るという事は何かを失う事だと思います。



ぼくは、バランスだと思います。


それは、マレットヘッドとシャフトのバランスもそうですが、ボールとの関係です。

重いマレットはその重さ故に、ボールがとても軽く感じるでしょう。
かたや、軽いマレットはボールというものの存在をひしひしとマレットで受け止めることになると思います。
重いボールを使うとなれば、それは重く手首にのしかかってきます。
もちろん、ヘッドとボールの硬度も関係してきます。(ex.カチカチのボールは軽く感じる)

慣れることもかなり重要になってきますが、マレットでボールを触ったときや打ったときの感じは、どんなマレットが好みなのか、心地いいのかを吟味する必要があります。


この吟味は、ずっと続くでしょうなぁ。。。

2012/03/01

気づいた事アレコレ。

今回の遠征では、試合よりもピックアップゲームで気づいた事が多々ありました。


① 自分の癖は人から言われないとホント気づかない。

② シュートのバリエーション。

③ 大阪と東京の練習場所の違いによるプレイの上達度合い。



まず、①に関しては、本人の事もありますので名前は伏せておきます。
彼と対戦した時に発見した、彼の癖についてであります。


ボールをキープした彼を僕が追いかけている時、彼が進路方向を変える時があります。
その一瞬、直前のボールタッチの後、一瞬隙ができるのです。
タッチをして気が緩んでいるのか僕の間合いに気づいていないのかはわかりませんが、他のボールタッチに比べ、明らかに隙ができています。

次に同じ状況が来たら、奪ってやろうと思っていたら、その機会はすぐにやってきました。
チャンス!と思い、ボールを奪いました。

その後もその隙は無くならず、同じ状況で発生していました。

おそらく、それは彼の癖なのかもしれません。

そんな彼を見て、自分の中の癖を探そうと思いました。



教科書のない競技には常に真摯に向かい合わねばなりません。
それは、自分に対してもそうですし、相手や仲間に対してもそうです。
常にニュートラルでいる事こそが大事だと考えます。


ちなみに、その彼にはこの事を言っていません。
なぜなら、それを伝えてしまうと一時的に彼がうまくなってしまうからです。
なんでボールを取られるのか、から始まる自分のプレイの見直しはその人を成長させます。
その直接的なことを本人に告げたとして、その場は隙が無くなり、その状況でのボールのスティールはできなくなるかもしれません。
しかし、プレイの見直すチカラみたいなものは成長しない気がします。


彼にはその隙を自分でなくすチカラがあると思って言いませんでした。




つづいて、②のシュートのバリエーションについてですが、やはりシュートはバリエーションに限ります。
これは、もっぱら僕の考えなのですが、いろんな込み入った状況の中で、シュートのレギュラーポジションまでボールを運ぶ時間が惜しい。
腕や手首の稼働域、はたまた自転車の向きを考えて放つ、せっかちさん向きの考えです。


これはパスにも応用できますが、国内であまり目にする事はないかもしれません。


その自転車の向きで、そんなパスが。。。。


クリエイティブなパサーがボールを出してくれた時には、とってもしびれます。

とっても難しいように思えますが、レギュラーのパスを出すためのボールポジションに運ぶ時間を短縮するために、あり得ないところで打つ。



全てはその一瞬を無駄にしないために。



ボールを打ちやすいところに運んでいるうちにそのチャンスが消えてしまい、ボールをキープしつつ次の手を考えねばなりません。

僕的にはとってもシンプルな考えだと思いますが、見ようによっちゃあトリッキーなプレイに見えてしまうかもしれません。

さて、話を戻します。

シュートです。


ここで言うバリエーションとは、おそらく自転車の向きと関係なく、シュートの発射角度がいくつもあるということです。
肩、肘、手首をそれぞれ支点にすれば、いろんなシュートが打てます。
バイクポロのシュートと言えば、レギュラーポジションのシュートが80%以上をしめていると言っても過言ではない、と思います。
そこに先入観が発生しています。

あの自転車の向きならシュートはない、と。

しかし、是非想像してみてください。
ボールと自転車とゴールの位置を線で結び、あとは、その線をボールがまっすぐ進むように打つ。
どのように打てばまっすぐ打てるのか、体の使い方次第です。

今回大阪で、いつもシュートを打たない自転車の向きでのシュートが一発ありました。
運良くそのシュートは、威力も充分でゴールに突き刺さりました。


この時、きっと、もっと忘れている角度がある、探そう!と思いました。


タイミング、スピード、ゴールまでの距離、それも含めると、もっと多彩なシュートが思いつきそうです。


やっぱり、常にニュートラルでいることがネックになると思います。



最後に③ですが、①と②が長くなってしまったので、次回に持ち越します。